神戸地方裁判所 昭和33年(わ)1421号 判決 1959年6月22日
被告人 秋田武
昭五・一一・二五生 農業
主文
被告人を禁錮三月に処する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は普通自動車の運転手で、上沢自動車運転手クラブに属し、各タクシー会社の要求に応じて稼動していたが、昭和三三年四月二日午前八時頃から、株式会社日の出タクシー所属の営業用小型乗用自動車(兵五あ五六六三号、ルノー型)を運転する業務に従事中、
第一、同日午後一〇時二〇分頃、右自動車を運転し、時速約三〇キロメートルで阪神国道を西から東へ向つて進行し、大阪市西淀川区御幣島西一丁目一番地先、阪神電鉄国道線御幣島東行電車停留所の安全地帯の北側を通過しようとした際、おりから右停留所には野田行軌道電車が到着して乗降客を取扱中であり、左側歩道には電車の待合客が多数立つており、そのうえ同歩道から自己の進路前方を横断して電車にのろうとしている客もあつた状況であるから、このような場合自動車運転手としては、右軌道車の乗客の乗降の終るまで一時停車するか、又は、乗客の乗降の妨げとならないことを確認したうえで徐行しなければならない(道路交通取締法施行令第二六条参照)のみならず、当時は雨天で通行人は傘をさしていたから、自動車の進行に気付かず車道を横断する者があることは当然予測されるところであり、なおさら前方を警戒し事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのにかかわらず、不注意にもこれを怠り、前記速度を減ずることなく漫然進行したため、停車中の前記電車の左側安全地帯(路面にペンキで区劃を示したもの)附近にいて電車に乗ろうとしていた藤田鉄太郎(当六三年)を、その至近距離に至つてようやく気付き、あわててハンドルを右に切つたまま、車体前部中央附近を同人に衝突させて路上に転倒させ、よつて同人をして、入院五九日、通院約三五日の各加療を受けてもなお全治しない右腓骨々折及び右肩、右背部、右大腿部左下腿部各打撲傷を負わせた。
第二、前記日時場所において、右のとおり藤田鉄太郎に重傷を負わせた際、右の事故を目撃した前記停車中の電車の車掌らに、被害者を病院に連れていくようすすめられ、自己の運転する前記自動車に右藤田を担ぎ乗せ、その頃大阪市福島区海老江上一丁目五〇番地松本病院前に至り、夜ふけのため、来院の意を告げても応ずる者のいない同院玄関前に、前記事故のため歩行困難な状態にある右藤田を降車させ、同人に家族を連れてきてやるから待つておるよう申向けたまま、同所の東方約二六〇メートル離れたところにある右藤田方に行くことなく、且つ事故発生地を管轄する警察署の警察官に前記事故の内容及びその後の措置を報告せず、従つて警察官の指示を受けないで前記の自動車を操縦し同所から南方野田阪神駅方面に逃走し、もつて被害者の救護及び法令に定められた報告受指示等の義務を履行しなかつた
ものである。
(証拠の標目)(略)
(法令の適用)
被告人の判示第一の行為は、刑法第二一一条、罰金等臨時措置法第二条、第三条第一項に、同第二の行為は、道路交通取締法第二四条第一項、第二八条第一号、同法施行令第六七条第一、二項、罰金等臨時措置法第二条に、各該当する(憲法第三八条は、刑事手続において、自白の強要を禁止し、その禁止を担保するために、自白の証拠能力を制限する趣旨の規定であつて、その第一項は、単に「何人も自己に不利益な供述を強要されない」と記載してあつて、特に「刑事手続において」と明記してはないけれども、それが刑事手続に関する規定であることは、その規定の沿革からみても、また、同条第二、第三項と対照してみても、明白であるといわなければならない(昭和三二年二月二〇日最高裁判所大法廷判決参照)。道路交通取締法第二四条第一項、同施行令第六七条の規定は、車馬又は軌道車の交通に因り、人の殺傷又は物の損壊があつた場合において、被害者の救護又は道路における危険防止その他交通の安全を図るため必要な措置を講じ、その場合、警察官が現場にいるときは、その指示を受けること警察官が現場にいないときは直ちに事故の内容及び講じた措置を事故発生地を管轄する警察署の警察官に報告し、車馬等の操縦を継続し、又は現場を去ることについて、警察官の指示を受けること等の義務を定めている。この規定は、公共の福祉のため、車馬等の操縦者に、被害者の救護及び危険防止その他交通安全のための措置を講ずることと、警察官の指示を受けることとを主眼として定められた行政取締法規であつて、それ自体、憲法第三八条第一項とは何ら関係のない条項である。その一連の義務のうち、警察官が現場におらないときの報告義務について、事故の内容に関する操縦者の判断のいかんによつて異同があるべきいわれはないから、車馬等の操縦者において、自分が刑罰を科せられ又はより重く罰せられるおそれがあると思考した場合における事故内容の報告義務だけが憲法に違反するということはできない。従つて、被告人が、判示のように、骨折及び打撲傷のため歩行困難な被害者を深夜の医院玄関先に置き去りにし、警察官に報告をせず、且つその指示を受けないで逃走したことはすべて有罪である)。そして、被告人が、昭和三三年四月一〇日神戸簡易裁判所において、道路交通取締法施行令違反罪で科料五〇〇円に処せられ、右裁判は同月二五日確定したことは、被告人の当公廷における供述及び検察事務官作成の被告人に関する前科調書の記載によつて認められるから、判示各罪と右確定裁判を経た罪とは、刑法第四五条後段の併合罪の関係にあり、同法第五〇条により判示各罪につき処断することとし、判示第一の罪については禁錮刑を、同第二の罪については懲役刑を各選択し、判示各罪は同法第四五条前段の併合罪の関係にあるから、同法第四七条本文及び但書、第一〇条により、重い判示第一の罪の刑に併合罪の加重をし、被告人を主文第一項の刑に処し、訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項本文により、主文第二項のとおり、被告人の負担とする。
(裁判官 山崎薫)